受難週の第一日の出来事
『群衆のうち多くの者は自分たちの上着を道に敷き、また、ほ
かの者たちは木の枝を切ってきて道に敷いた。そして群衆は、
前に行く者も、あとに従う者も、共に叫びつづけた、
「ダビデの子にホサナ、
主の御名によってきたる者に、祝福あれ。
いと高き所にホサナ」』。 (マタイ福音書21章9節)
教会暦でレント(四旬節、受難節とも言います)に入りまし
た。これは復活祭までの40日間の準備の期間です。この40日
はイエスが公生涯(伝道生涯)に入る前に、40日40夜、断食
をされた期間にちなんだものだと言われています。
受難週の第一日の日曜日、イエスはエルサレムに入場しまし
た。これはいよいよ十字架にかかって死に、人類の罪の贖いを
完成するためでした。そのときエルサレムの群衆は棕櫚の葉を
手にして「ホサナ、ホサナ」と言って迎えたので、「棕櫚の聖
日」といいます。そして「ホサナ」とは「いまわたしたちを救
ってください」という意味で、イエスを救い主(救世主)とし
て迎えたのです。ところが、この群衆が数日後に「イエスを十
字架につけよ」と叫ぶものたちに変わったのです。
次に、イエスがエルサレムに入場するとき「ろばの子の背に
乗って」入場されたとあります。これはイエスの柔和と謙遜の
姿です。そしてまた『見よ、あなたの王がおいでになる、柔和
なおかたで、ろばに乗って、くびきを負うろばの子に乗って』
とある、ゼカリヤ9章9節の預言を成就するためだったのです。
当時のイスラエルはローマ帝国の占領下にあり、ローマ軍が
入場するときは、軍人たちは背の高い馬に乗って群衆を塀下(
見下げる)するように、威風堂々と入場しました。そしてエル
サレムの群衆を強制的に駆り集めて手を振って迎えさせたので、
ユダヤ人たちの反感をかっていました。
それに比べて、イエスは背の低いろばに乗って、群衆と同じ
目線になられたのです。ここにイエスの謙遜があったのです。
だからどんな人にも届く救い主となったのです。これはイエス
の誕生の時も同じです。つまりベツレヘムの馬小屋に生まれた
のは、決して偶然ではなく、神のご計画だったのです。
『あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼い葉おけのなか
に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与え
られるしるしである』(ルカ2:12)とあります。この神のご計
画は、どんな低い人にも、また貧しい人にも届くためでした。
そしてイエスのエルサレム入場はどんな人にも届くための謙遜
だったのです。
次にイエスはその日に神殿に行き「宮清め」をされました。
『それから、イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り
買いしていた人々をみな追い出し、また両替人の台や、鳩を売
る者の腰掛けをくつがえされた。そして彼らに言われた、『わ
たしの家は、祈りの家ととなえられるべきである』と書いてあ
る。それだのにあなたがたはそれを強盗の巣にしている』(13)
と言って、彼らを追いだして宮清めをされたのです。
これらは、最初は宮詣をする人たちの便宜のために始められ
たものでした。遠い地方からの巡礼者は宮に献げる生贄の家畜
を連れてくるのは至難のわざです。そこで彼らの便宜のために
はじめられたものでした。また両替商は外国から来る巡礼者は
外国の貨幣をもってきますから、彼らのためにイスラエルの貨
幣と両替するのが目的でした。しかし、彼らの便宜のためには
じめられたものがいつの間にか貪欲に金儲けすることを覚えて
しまったのです。そこでイエスはこれらの屋台をひっくり返し
て宮清めをされたのです。
こんなことをしてもイエスがいなくなれば、また彼らは戻っ
てきて商いをするに違いありません。それなのに、あえてこれ
らのことをしたのは、神の宮の神聖を保つことを教えるための
象徴的な行為だったのです。
コリント後書6章16節に『わたしたちは、生ける神の宮で
ある』とあります。ですから、わたしたちはいつでも心を清い
ようにしなければなりません。そのためにはいつも御霊に満た
されていることが肝要です。御霊に満たされてはじめて『清め
られて、主の用に適い』(2章21節)とあるように、神の御用
に当たることができるのです。
(Mar,04,2012)
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