受難週の水曜日の出来事
『さて、イエスがベタニヤで、重い皮膚病の人シモンの家におら
れたとき、ひとりの女が高価な香油が入れてある石膏のつぼを持
ってきて、イエスに近寄り、食事の席についておられたイエスの
頭に香油を注ぎかけた』。
(マタイ福音書26章7節)
今日は受難週の水曜日の出来事について話しますが、その前に、
前日の火曜日はイエスにとっては格別、多忙な一日でした。それ
はこの一日の記事だけで、マタイ福音書22章から26章まで5章に
わたってその出来事が記されているからです。
ちなみに、サドカイ人たちと「復活」について論争をしたり、
パリサイ人たちと律法論争をしたり、また律法学者、パリサイ人
の偽善を攻撃したりしておられます。そして24章からは「終末の
預言」と、それに対する心構えを語られました。また25章ではキ
リストの再臨とそれを待ち望む者の態度とし、有名な「花婿を待
つ十名の乙女」の譬えを話されました。そして、極めつけは「キ
リストの再臨と審判の預言」を語られました。それですからこの
一日はイエスにとっては「とても長い一日」だったのです。
そして水曜日はイエスにとっては休息の一日でした。それは翌
日の木曜日は最後のエルサレム途上となったからです。この日は
弟子たちと「最後の晩餐」をした後、ゲッセマネの園で血の汗が
流れるような祈りをささげられた後に、ユダの裏切りにより祭司
長たちの手に捕えられました。そして翌日の金曜日にポンテオ・
ピラトの裁判を受けて十字架に掛けられたのです。
ですから、この水曜日はイエスにとっては最後の休息のときと
なったのです。しかし「休息」といっても単なる休息ではなく、
エルサレムに向かわれるための霊的力の充電のときだったのです。
イエスはよく神との交わり、霊的力の充電をもたれています。た
とえば、マタイ福音書14章23節にもこんな記事があります。
『それからすぐ、イエスは群衆を解散させておられる間に、しい
て弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。
そして群衆を解散させてから、祈るためにひそかに山に登られた。
夕方になっても、ただひとりそこにおられた』。
これもイエスの休息のとき、新しい力の充電のときだったので
す。このときをもっておられたからいつでも力ある働きができた
のです。またイザヤ書40章31章には『しかし主を待ち望む者は、
新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。
走っても疲れることはなく、歩いても弱ることはない』とありま
す。ですから、わたしたちも御霊の力に満たされて力ある働きを
したいものです。
さて、この水曜日はとても印象的な出来事が記録されています。
それはイエスのおられるところにひとりの女性が尋ねてきて、イ
エスの頭にナルドの香油を注いだ出来事でした。このナルドの香
油はヒマラヤ産で非常に高価な代物で「三百デナリ」とあります。
この当時の一デナリは、ぶどう園の労働者の譬え話のなかにも一
日の日当が一デナリとありますから、単純に計算をしても三百日
分の給料に相当します。これはこの女性にとっては全財産だった
に違いありません。彼女は自分のできる精一杯の感謝をささげた
のです。しかもマルコ福音書14章には「それをこわし、香油をイ
エスの頭に注ぎかけた」とあります。それは残りなく(全部)を
ささげたという意味なのです。
なぜ、こんな大金を払ってでもイエスに香油を注いだのでしょ
うか。実はこの女性は問題のあった人で(マグダラのマリヤだと
もいわれています)、イエスに出会って救われ、生まれ変わった
ので、その感謝の思いがこのような行動となったのです。それを
知らない弟子のひとり(ユダと思われますが)、「なんのために
香油をこんなにむだにするのか」と言って憤っていますが、これ
はこの女性の救われた喜びがわからない冷たい人間の態度です。
それに対してイエスは、『なぜ女を困らせるのか。わたしによ
い事をしてくれたのだ。…この女はできる限りの事をしたのだ。
すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意
をしてくれたのである。よく聞きなさい。全世界のどこででも、
福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語ら
れるであろう』と言われました。そしてわたしたちはいつも受難
週になると、イエスの十字架と一緒にこの出来事も覚えられるの
です。
この女性の注いだ香油は、この後イエスが十字架に掛けられた
ときも、この香油の香りがイエスを慰めたに違いありません。ま
たイエスの亡骸をアリマタヤのヨセフの墓に葬ったときも、この
香油の香りがイエスの亡骸を包んだことでしょう。この女性は自
分のした行為がこんな大きな事になるとは想像しなかったでしょ
う。ただ自分の思いを精一杯あらわしたにすぎなかったのです。
伝道の書9章10節『すべてあなたの手のなしうる事は、力をつ
くしてなせ』とあります。わたしたちも(できるかぎり)精一杯、
神に感謝をあらわしたいものです。そうすれば神はすべてを祝福
してくださいます。
(Mar,18,2012)
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