神殿の幕が真二つに裂けた
『イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。
すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた』。
(マタイ福音書27章51節)
木曜日の朝、イエスはベタニヤ村からエルサレムに登上され
ましたが、これがイエスの最後の登上となりました。なぜなら、
その日の夜に祭司長の手の者に逮捕され、その翌日(金曜日)
に十字架にお掛かりになったからです。そこで今日はそれまで
の一連の事を話します。
木曜日にエルサレムに登上されたイエスは弟子たちと食事を
されました。これが有名な「最後の晩餐」です。そしてこれが
今日の聖餐式のひな型となりました。その後、イエスは自らタ
オルを腰に巻いて弟子たちの足を洗われたのです。これは弟子
たちにたいする教訓で、しもべになって互いに足を洗う(日々
ひとのために奉仕する)ものになるようにと模範を示されたの
です。
その後、ゲッセマネの園で最後の祈りのときをもたれました
が、その祈りは「その汗が血のしたたりのように地に落ちた」
とルカ福音書22章44節に書かれているように壮烈な祈りでした。
「汗が血のしたたりのように落ちた」とは、人間の苦しみの極限
をあらわしています。そして、このときの祈りの言葉は、『わが
父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ
去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、み
こころのままになさって下さい』と祈っておられます。つまり自
分の思いを捨てて神の御心に従われたのです。
その後、イスカリオテのユダの裏切りにより祭司長の手の者に
捕えられ、大祭司カヤパの庭に連れて行かれました。そのとき弟
子のペテロもイエスの最後を見届けるために、後をついて大祭司
の庭に潜り込みましたが、そこにいた人たちからイエスの弟子だ
ったことを指摘されたとき、ペテロは卑怯にもイエスとの関係を
三度まで否定しました。そのとき鶏が鳴いたので彼は自分の弱さ、
不甲斐なさを嘆いたのです。
それは、イエスがこれから十字架の道を進まれることを話され
たとき、ペテロは「たとい皆の者があなたにつまずいても、わた
しは決してあなたにつまずきません」と言ったとき、イエスはペ
テロに対して「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知ら
ないと言うだろう」と言われたことを思い出して嘆いたのです。
金曜日、イエスは総督ピラトの前に引き出されて裁判を受けま
した。本来なら宗教裁判にかけられるところですが、宗教裁判で
は死刑がありませんので、なんとしてもイエスを殺したい彼らは、
国事犯としてローマ帝国の裁判に任せたのです。このとき訴える
ものたちは様々な偽証をしてイエスを訴えましたが、ピラトが不
思議に思えるほどイエスは一言も弁明をなさらなかったのです。
それは、イエスが弁明すれば彼らの偽証であることが明白になり
無罪になることは明らかですが、それでは十字架の死によって人
類の罪の贖いが完成されないからです。そしてピラトもイエスの
無罪を信じていましたが、「イエスを十字架につけよ」と狂い叫
ぶ群衆の声に圧倒され、イエスを十字架に掛けて殺すことをゆる
したのです。つまりピラトは群衆の声に負けたのです。
そして、イエスを十字架に掛けるためにエルサレム郊外のゴル
ゴダの丘に連行しましたが、にわか作りの生木の重い十字架のた
めに幾たびも倒れ、遅々として進まないのにイライラした護送の
ローマ兵は、近くで見物していた屈強な男を引きずり出してイエ
スの十字架を無理に負わせました。彼の名はクレネ人シモンと言
いクレネ、つまり今日のアフリカのリビア在住のユダヤ人で、エ
ルサレムに過越の祭りのために来ていた巡礼者だったのです。
彼はいきなり関係のない人の十字架を無理に負わされ、知らな
い人が見ると自分が死刑囚だと誤解されるのではないかと憤懣な
思いだったに違いありません。しかし、イエスの十字架を負った
ことが契機で、イエスに対する関心が起こり、後に彼もイエスを
信ずる者となったのです。そればかりかシモンの妻も、また子供
たちが、使徒行伝やローマ書の中にその名前が出てくるほどの恵
まれた家族となったのです。
さて、イエスは午前9時から息を引き取られる3時まで十字架の
上で両手両足に釘打たれてさらされました。その間に語られたの
が「十字架上の七言」としてよく知られています。そして最後の
『父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます』と言って息を引き取ら
れました。それが午後の3時でした。
そのとき、『神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた』と象徴
的な出来事が起こりました。この幕とは神殿の聖所と至聖所の間
に張られた幕です。そしてその奥の至聖所は神の契約の箱がある
ところで、だれも入ることのできない神聖な場所です。大祭司で
さえ一年に一度しかはいることができないところです。
この隔ての中垣の幕が二つに裂けたということは、イエスの十
字架の死によってわたしたちの罪の贖いが完成し、だれでも「は
ばかることなく」神に近づくことができるようになったというこ
とを示すものだったのです。その後、アリマタヤのヨセフ(国会
議員のような立場の人)が自分のために用意していた墓にイエス
の亡骸を埋葬をしました。それは日没から安息日に入るので急い
だのです。
(Apr,1,2012)
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