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2012.6.10
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    最初の迫害事件





 『ペテロとヨハネとは、これに対して言った、「神に聞き
従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいか
どうか、判断してもらいたい。わたしたちとしては、自分の
見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない』。
                  (使徒行伝4章19節)

 この4章は初代教会で起こった最初の迫害事件です。テモテ
後書3章12節に『キリスト・イエスにあって信心深く生きよう
とする者は、みな、迫害を受ける』とありますが、イエスの
弟子たちがペンテコステの日に御霊に満たされてからは、大胆
になってイエスの復活を宣伝しだしたので、迫害に遭遇したの
です。迫害は本物の証明です。

 ところが、「サドカイ人たちが近寄ってきて、イエス自身に
起こった死人の復活を宣伝しているのに気をいら立て、彼らに
手をかけて捕らえ、はや日が暮れていたので、翌朝まで留置し
ておいた」のです。しかし、「彼らの話を聞いた多くの人たち
は信じた。そして、その男の数が5千人ほどになった」とあり
ます。しかもこの数は男性の数だけですから、女性の数を合わ
せると一万人を超えると推察されます。これは弟子たちが人々
を恐れず大胆に伝道したからです。

 さて、捕らえられた弟子たちは明くる日、「なんの権威、ま
ただれの名によってこのことをしたのか」と尋問されました。
そのときペテロが聖霊に満たされて、『この人による以外に
救いはない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、
天下のだれにも与えられていないからである』と大胆に語りま
した。ところが人々はペテロたちの大胆な話ぶりを見て、まっ
たく返す言葉がありませんでした。それは彼らが御霊に満たさ
れて語っていたので、その言葉に権威があったからです。わた
したちも御霊に満たされたら権威ある者のように語ることがで
きるのです。

 『そこで、二人を呼び入れ、イエスの名によって語ることも、
説くことも、いっさい相成らぬと言いわたした。ペテロとヨハ
ネとはこれに対して言った、「神に聞き従うよりも、あなたが
たに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、判断してもらい
たい」』と断固拒否することができたのは、彼らが御霊の力に
満たされていたからです。

 御霊に満たされたら、この世の権力も、人の顔色をも恐れな
くなります。まだ人を恐れるところがあるなら、その人はまだ
御霊に満たされていないからです。

 ダニエル書3章に王の権力にも従わず、自分の身命を棄てて
まで自分の信仰を守り通したヘブルの三青年の話があります。
南ユダ王国がバビロン帝国に滅ぼされ、エルサレムに住む、
主だったひとたちがバビロンの地に捕囚の民として連行されま
した。これを「バビロン捕囚」といいます。そしてネブカデネ
ザル王はヘブル(ユダヤ)の青年の中から優れた者を選んでエ
リート教育をして、将来バビロンに仕える役人に育てようとし
たのです。そして選ばれたのがダニエルとシャデラク、メシャ
ク、アベデネゴの三人の青年でした。

 ところが王は大きな金の像を建てました。高さ60キュピト
(27メートル)幅は6キュピト(2.7メートル)という巨大
な像でした。そして落成式の日に人民はひれ伏してその金の
像を拝むことになりましたが、それは王に対する忠誠心を量
るものでした。ところがそのときヘブルの三青年は敬礼をし
ませんでした。それは彼らには「刻んだ像を作ってはならな
い、それを拝んではならない」というモーセの十戒が与えら
れていて、それは彼らが最も嫌う偶像礼拝だったからです。

 それを知った王は、彼らを呼び寄せて警告をしたのです。
そして命令に従わなければ「火の燃える炉に投げ入れる」と
脅かしました。そのときヘブルの三青年が答えた言葉は小気
味のいいものでした。『もしそんなことになれば、わたしの
仕えている神は、わたしたちを救い出すことができます。…
たといそうでなくとも、王よ、ご承知ください。わたしたち
はあなたの神々に仕えず、またあなたの立てた金の像を拝み
ません』と大胆に答えたのです。

 そのために王は、いつもより七倍も熱い炉のなかに青年た
ちを投げ入れましたが、「火は彼らの身になんの力もなく、
その頭の毛は焼けず、その外套はそこなわれず、火のにおい
もこれにつかなかった」のです。この青年たちの大胆さは御
霊の力です。

 1587年、豊臣秀吉の時代に「キリシタン宣教師追放令」
が出され、京都のキリシタン宣教師と信徒25名が捕えられま
した。そして長崎で処刑されました。このとき殉教志願者が
一行にもぐり込み、長崎に着いたときには26名になっていま
した。そこで長崎奉行は最年少の12歳のルドビコという少年
(日本人)を呼び、「お前がキリシタンの信仰を棄ててわた
しに仕えるなら命を助けてやる」と言いました。するとその
少年は「それほどまでして命を助かろうとは思いません。地
上のはかない命と、永遠の生命とを取り替えられるわけはあ
りません」と断固拒否したというのです。これが12歳の少年
の答えでした。今も長崎に26人の殉教者のレリーフがありま
すが、その真ん中にいちだんと背の低い少年の姿がみられま
す。これがルドビコの像です。なぜこのような若い少年が死
も恐れずに殉教して行ったのでしょうか。彼らも御霊に満た
されていたので死を恐れなかったからです。
                    (Jun,10,2012)