エルサレム教会の大迫害
『その日、エルサレム教会に対して大迫害が起こり、使徒以外
の者はことごとく、ユダヤとサマリヤとの地方に散らされて行っ
た』。 (使徒行伝8章1節)
このところはエルサレム教会に対して起こった迫害事件のとこ
ろです。エルサレム教会はやっと軌道に乗ったばかりだったので、
これは大きな痛手となりました。しかし、神は「逆転の神」です。
ローマ書8章28節に『神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計
画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるように
して下さることを、わたしたちは知っている』。(すべてのこと
相働きて益となるをわれらは知れり、文語訳)とありますが、神
は全てを益に変えてくださる方です。そして、このことはエルサ
レム教会の大迫害のときにも起こりました。
迫害の結果、エルサレムにおれなくなった信徒たちは迫害の手
を逃れてユダヤ、サマリヤの地方に散らされて行ったのです。そ
して散らされて行った者たちは、その行った地方で福音を宣べ伝
えたので、キリストの福音がその地方に拡まったのです。このこ
とは、後のキリスト教会のためには摂理的なことでした。これま
でのエルサレム教会はどちらかといえばユダヤ人中心の保守的な
教会でした。
それがユダヤ、サマリヤに散らされたことによって福音は地方
にもたらされたのです。そして西暦70年にエルサレムはローマ軍
によって破滅的な打撃を受けて滅亡していますので、もし福音が
地方にもたらされていなかったら、キリスト教はまた違った歴史
を歩んでいたかもしれません。ですから迫害によって地方に散ら
されたのは神の摂理だったのです。わたしたちも道が塞がれたか
らと言って失望することはありません。
使徒行伝19章のパウロのエペソ伝道のときにも神は素晴らしい
ことをしておられます。『それから、パウロは会堂に入って三か
月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。とこ
ろが、ある人たちは心をかたくなにして、信じようとせず、会衆
の前でこの道をあしざまに言ったので、彼は弟子たちを引き連れ
て、その人たちから離れ、ツラノの講堂で毎日論じた。それがニ
年間も続いたので、アジアに住んでいる者はユダヤ人もギリシャ
人も皆、主の言葉を聞いた』。
これはパウロのエペソでの伝道のときのことでした。彼ははじ
めユダヤ人の会堂で福音を宣べ伝えていましたが、パウロの語る
福音が彼らと相いれないものがあったのでその会堂から追い出さ
れてしまったのです。途方に暮れたパウロが神に祈って導かれた
のが「ツラノの講堂」でした。これは神の摂理だったことが後に
分かりました。
この「ツラノの講堂」とは哲学の学校でガラテヤ地方の優秀な
学徒が集っていました。エペソとはそんな町でした。そこを借り
て伝道をしましたので、この地方の若者たち(異邦人)が信仰に
入ったのです。そして学生たちは学業を終えたらみんな故郷に帰
って伝道したので、ガラテヤ地方に教会が次々と誕生して行った
のです。しかもパウロが一度も足を踏み入れたことのない地方に
教会が誕生したのです。
つまり、ユダヤ教の会堂を追い出されたことが、異邦人伝道に
道が開かれる動機となったのです。ですからわたしたちも、道が
閉ざされたからと言って失望落胆しないで神を信じて待ち望むこ
とが大切です。わたしたちが信ずる神は、すべてのことを益にか
えてくださる方だからです。
こんなことがありました。活水の群で広島市で開拓伝道をする
ことになりました。この地(呉市)にはかつて活水の群の教会が
ありましたが、戦時中に閉鎖をしたために教会がなくなってしま
いました。そこで大都会である広島になんとか教会を復活しよう
と考え、開拓伝道をすることにいたしました。そして広島県内で
伝道している教師に「群から伝道費をサポートするから」と依頼
しましたところが、快く引き受けてくれました。
そして広島市に在住の信徒の協力を得て、いよいよ伝道を開始
しようとしていた矢先に、その牧師から電話があり、開拓伝道が
困難になった由、知らせてきたのです。話を聞いてみると、いち
ばん当てにしていた協力者が突然に亡くなったということでした。
これは大きな挫折でした。そしてわたしも広島伝道を断念しなけ
ればならないかと考えました。
ところが神は不思議なことをして再開の道を開いてくださった
のです。その協力者の息子さんが(このときはまだ未信者でした
が)、協力を申し出られたのです。この方は父が臨終で子どもた
ちひとりひとりに声をかけて遺言をし、「おれは天国に行くから」
と言って静かに息を引き取ったのです。それをみて息子さんは
「お父さんの信仰は素晴らしい、本物だ」と言って、自分も信仰
の道に入られたのです。そして広島伝道のよき協力者となられた
のです。そして今もご夫妻で牧師を助けていい働きをしておられ
ます。
まさしく『せん方尽きても望みを失わず』です。ですからわた
したちも信じていきたいものです。アブラハムも『望みえられな
いのに、尚も望みつつ信じた』ときに、百歳のときに人間的には
考えられないような奇跡が起こったのです。それがイサクの誕生
でした。 (Jun,24,2012)
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