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2012.7.1
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 ピ  リ  ポ  の  伝  道
 




 『しかし、主の使がピリポにむかって言った、「立って南方に
行き、エルサレムからガザへ下る道に出なさい」。(このガザは、
今は荒れはてている)。そこで、彼は立って出かけた』。                             (使徒行伝8章26節)

 このところはピリポがエチオピアの女王に仕える宦官を信仰に
導いたところです。彼は先週お話したエルサレム教会の大迫害の
ときにエルサレムから逃れた執事のひとりでした。そしてサマリ
ヤの地で人々にキリストを宣べ伝えて伝道し、著しい働きをした
のです。『ところが、ピリポが神の国とイエス・キリストの名に
ついて宣べ伝えるに及んで、男も女も信じてぞくぞくとバプテス
マをうけた』(12)のです。

 このサマリヤは歴史的に問題があり、ユダヤ人から軽蔑され差
別されてきた人たちでした。それはBC587年、つまりイエスの時
代から600年ほど前のイスラエルの「分裂王国時代」の「北イス
ラエル王国」の首都がサマリヤでした。ところが「北イスラエル
王国」はアッスリヤ帝国に攻められ陥落をしました。そしてサマ
リヤの多くの人たちがアッシリヤの地に連行されたのです。これ
を「アッシリヤ捕囚」といいます。そして逆にアッシリヤの地か
ら住民を連れて来てサマリヤに住まわせたために彼らは異邦人と
混血したのです。このことが血の純潔を大切にするユダヤ人には
我慢のならないことでした。そこでサマリヤの人たちを軽蔑し、
差別をして彼らと交わろうとしませんでした。

 例えば、北のガリラヤ地方の人たちが南のエルサレムに上ろう
とするとき、その一直線上にサマリヤの町があるため、その町を
通過するのを嫌い、わざわざヨルダン川の東を迂回をして行くほ
どの徹底ぶりでした。ところがイエスはサマリヤのスカルの町に
入ってひとりの女性に会って、「水を飲ませてください」と話し
かけておられる記事がヨハネ福音書4章にあります。これは当時
のユダヤ人社会では考えられない出来事でした。また、イエスが
「良きサマリヤびと」の譬え話をしておられるのも、こんな背景
からきているのです。

 このような背景のサマリヤ人に差別なく福音が宣べ伝えられ
たので、彼らは喜んだのです。そして素直に信じて受け入れて
「ぞくぞくとバプテスマを受けた」(12)のです。まさしくサ
マリヤにリバイバルが起きようとしていました。

 そんなときに、主の使がピリポに対して「ガザに下る道に出
なさい」と声を掛けられました。「そこで、彼は立って出かけ
た」のです。これは神の声に即座に従ったことを意味します。
しかも主の使が語ったのは、「このガザは今は荒れ果てている」
とあるように、あまり人も通らないような裏街道です。でもピ
リポは神の導きに素直に従ったのです。ここがピリポの素晴ら
しいところです。

 ここで出会ったのがエチオピアの女王に仕える宦官でしたが、
彼はエルサレムで礼拝をして国に帰る途中でした。その馬車に
偶然に出会ったのです。そして彼を信仰に導きましたのでイエ
ス・キリストを信じて、故国に帰り伝道をしましたので、後に
エチオピアがキリスト教国になったといわれています。わたし
たちも神の御声を聞いたら素直に従う者でありたいと思います。

 旧約聖書に神の声に素直に従った人がいます。それはアブラ
ハムです。創世記22章1節『神は言われた、「あなたの子、あ
なたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの山に行き、わた
しが示す山で、彼を燔祭としてささげなさい」。アブラハムは
朝はやく置きて…』、従ったとあります。これはアブラハムが
神の声に従って息子イサクをささげようとしたところです。
このイサクはアブラハムが百歳のときにようやく与えられた
世継ぎです。ところが神はその子がいちばん可愛くなったとき
にその子を神に捧げよ」と言われたのです。こんな残酷なこと
はありません。でもアブラハムは神を畏れる敬虔な人ですから
素直に御声に従うことができたのです。

 これは神の本心ではなく、アブラハムがほんとうに神に従う
かどうかをテストをされたのです。その証拠にモリヤの山でイ
サクをささげようとしたそのときに、「神は言われた、「わら
べを手にかけてはならない。また彼になにもしてはならない。
あなたの子あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまな
いので、あなたが神を畏れる者であることをわたしは今知った」。
この時、アブラハムが目をあげて見ると、うしろに角をやぶに
掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を
捕らえ、それをその子のかわりに燔祭としてささげた』のです。

 これは本気に神の命令に従おうとしたアブラハムのために備
えられた雄羊だったのです。わたしたちも本気に神に従うとき
に神は不思議なことをして助けてくださるのです。ですから神
を疑うことなく、どんなときにも直ぐにお従いしたいものです.

                    (July,01,2012)