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2012.8.19
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   挫折した青年マルコ

 

 

『パウロとその一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペ
ルガに渡った。ここでヨハネ(マルコ)は一行から身を引いて
エルサレムに帰ってしまった』。   (使徒行伝13章13節)

 
 
 今日はマルコの挫折について話します。彼は13節にはヨハネ
とありますが、マルコはギリシャ語読みの名前です。彼は(後
で話ますが)、若いときに挫折をした人でしたが、悔い改めて
立ち直りましたので神は素晴らしい働きをする人に変えられま
した。だれでも、若い時には一度や二度挫折をすることがあり
ますが、恐れることはありません。信仰をもって乗り越えてゆ
くなら、神は驚くようなことをして尊く用いてくださいます。

 その後のマルコはキリスト教のために大きな働きをしました。
それはイエスの生涯とその働きを記したマルコ福音書を著しま
した。それまではイエスの弟子たちが自分の経験を通してその
生涯や教えなどを語ってきましたが、弟子たちも高齢化したり、
殉教したりして、それを語る者がだんだん少なくなりました。
そこでイエスの生涯の伝記を著す必要に迫られたのです。そし
てマルコがペテロの口述筆記でまとめたのが「マルコの福音書」
です。

 そして、このマルコ福音書を基にしてマタイ(イエスの弟子で
弟子となる前は取税人でした)が、彼のもっていた独自の資料を
(Q資料と言います)を書き加えて「マタイ福音書」を書きまし
た。またルカという人は(彼は医者でしたが)、自分で歩いて
細かく資料を収集して書いたのが「ルカ福音書」です。つまり
マルコ福音書は他の二つの福音書の根幹をなしているのです。そ
してこの三つを「共観福音書」といいます。

 つぎに、マルコのお母さんのことを少し話ます。12章12節に、
『ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの
母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈って
いた』とあります。つまりマルコのお母さんは大変恵まれた信者
で自分の家を開放して、集会をしていました。そのためイエスの
弟子たちも『こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、
彼のために熱心な祈が神にささげられた』とあります。これはペ
テロがヘロデ王の迫害で捕えられて獄にいれられ、明日、人民の
前に引き出されようとしていたときです。そのことを知った信者
たちは教会に集まって祈りました。その集まったところがマルコ
のお母さんの家だったのです。これを家の教会といいます(因み
に、使徒行伝1章のペンテコステの待ち望みの祈り会をしたのも、
マルコのお母さんの家だと言われています)。

 このような家でしたので大勢の弟子や信徒が常に出入りして、
とても恵まれた境遇のなかでマルコは育ったのです。そして弟子
たちもマルコを愛し将来を嘱望しました。そしてパウロがバルナ
バと「第一回伝道旅行」をするとき、マルコも一緒に連れていき
ましたが彼は途中ベルガで逃げ帰ってしまったのです。初めての
海外旅行が不安(彼はまだ若かったのでホームシックになったに
違いないという人もあります)だったのです。これはマルコにと
っては大きな挫折でした。しかし彼は自分のとった行動を反省し
悔い改めました。

 そして「第二回伝道旅行」のときに、バルナバはマルコを連れ
て行こうとしましたが、パウロは「途中で逃げ帰るようなものは
だめだ」といって大反対をしたので、二人の間で激論が起こりま
した。そしてパウロはシラスを連れ、バルナバはマルコを連れて
別行動になりました。

 そんなマルコでしたが、神は彼を立ち直らせて尊く用いたので
す。そしてパウロもそんなマルコを見る目が変わってきたのがわ
かります。それはテモテ後書4章11節に『マルコを連れて、一緒
にきなさい。彼はわたしの務めのために役に立つから…』と書い
てあります。またピレモン書24節にも『わたしの同労者たち、
マルコ…からも、よろしく』とあるのをみても分かります。それ
はマルコが自分の不甲斐なさを悔い改めて立ち直ったからです。

 わたしたちも若いときには一度や二度失敗することがあります
が、なにもおそれることはありません。人はいろいろ言っても
神は「あの人はダメだ、信用ならない」とは言いません。神は悔
い改めるものを赦してくださる赦しの神、愛の神だからです。

 ですから、わたしたちも若いときには挫折、失敗もあるかもし
れませんが、何も恐れることはありません。そんなときは、悔い
改めて神のもとに立ち返ったらいいのです。

                      (Aug,12,2012)