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2012.8.26
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   妬みのために福音が…

 

 

『次の安息日には、ほとんど全市をあげて、神の言を聞きに
集まってきた。するとユダヤ人たちは、その群衆を見てねた
ましく思い、パウロの語ることに口ぎたなく反対した。
(そこでパウロたちは)…さあ、わたしたちはこれから方向
をかえて、異邦人たちの方に行くのだ』。
                  (使徒行伝13章44節)

 
 
 パウロたちの第一回伝道旅行のときに、アンテオケの町で
福音がもたらせられたのに、ユダヤ人たちの反対に遭い、彼
らはその恵みにあずかることができなかったのです。それは
ユダヤ人指導者たちに妬み心があったからです。
 
 ここにアンテオケとありますが、これは11章で「クリス
チャン」と呼ばれたアンテオケではなく、ガラテヤ地方の同
じ名前の町です。パウロとバルナバは第一回伝道旅行のとき
にこのアンテオケを訪問しましたが、この町の人々は大変喜
んでパウロたちを歓迎しました。そして安息日には全市をあ
げて神の言葉を聞こうとして集まってきました。これを見た
ユダヤ人の宗教指導者たちは妬み、パウロに対して口汚く反
対をしたのです。

 そこでパウロたちは「さあ、わたしたちはこれから方向を
かえて、異邦人の方に行くのだ」と言って、その町を去り、
隣の町イコニオムに行ったのです。すると、イコニオムで
ユダヤ人だけではなく「ユダヤ人やギリシャ人が大ぜい信じ」
ました。アンテオケの人たちが福音を拒んだのは彼らの妬み
のためだったのです。箴言14章30節には『妬みは骨の腐り
なり』(文語訳)とありますが、妬み心は魂を滅ぼしてしま
いますから、われわれは聖霊によって妬み心を聖別されなけ
ればなりません。

 イエスを十字架に掛けて殺したのもユダヤ人の妬みでした。
マタイ福音書27章18節『彼らがイエスを引き渡したのは、
ねたみのためであることが、ピラトにはよくわかっていたか
らである』とあります。イエスがあまりにもエルサレムの人々
の歓心を得たために、ユダヤ教の指導者の妬みをかったからで
す。妬みは真理から目を反らし、冷静な判断をできなくします。
友達になにかいいことがあったとき、口先では「おめでとう」
「よかったねぇ」と言っても、心の中は複雑なものがあります。
妬み心があるからです。

 しかし、クリスチャンは人の成功を心から喜び、祝福する人
たちです。また祝福することができるような恵まれた人であり
たいものです。コリント前書13章4節に『愛は寛容であり、
愛は情け深い。また、ねたむことをしない…』とあります。ど
うか御霊に満たされて愛の人に変えられ、このように恵まれた
ひとにされたいものです。

 サムエル記下の9章10章に二人の人物が登場します。ひとり
はヨナタンの息子メピボセテで、もう一人はナハシの息子ハヌ
ンです。ダビデ王が王位についたとき、自分がソウル王に追わ
れた逃亡時代に、助けられた恩に報いたいと考えました。そこ
でまず、ヨナタンはすでに戦死をしていましたので、その忘れ
形見を探させたところが、ロ・デバルのアンミエルという僻地
に息を潜めて隠れるようにしているのが見つかりました。そこ
で使いを立てて、「エルサレムに来るように」と招いたところ
が、彼は素直にダビデの言葉に従って、出てきましたので、
「王の子のひとりのようにダビデ王の食卓で食事をした」とあ
ります。つまり王の申し出を素直に受けたので王子のような待
遇を受けたのです。

 ところが、10章に登場するナハシの子ハヌンにも同様な申し
出をしましたが、この人はダビデ王の好意を疑いメピボセテの
ように素直に従うことができず、その使者の髭を剃り、衣服の
裾を切って(ミニスカートにして)辱めたのです。その結果、
ダビデ王の復讐を恐れなければなりませんでした。それはダビ
デ王の出世を妬んだからです。

 わたしたちにも弱いところがありますので、人の成功を素直
に喜べないときがあります。しかし、詩篇49篇16節に『人が
富を得るときも、その家の栄えが増し加わるときも、恐れては
(妬んでは)ならない。彼が死ぬときは何ひとつ携え行くこと
ができず、その栄えも彼に従って下って行くことはないからで
ある』とあります。どんなに栄誉栄華を得ても死んだら何もな
りません。ですから人の幸福を羨んだり、妬んだりしないほう
がいいのです。

                    (Aug,26,2012)