さ ん び の ち か ら
『真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌い
つづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。ところ
が突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たち
まち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった』
(使徒行伝16章25節)
今日は「讃美の力」について話ます。「讃美と祈り」のある
ところに神は臨んで栄光を現してくださいます。この16章は
パウロの「第二回伝道旅行」のときの出来事です。パウロたち
がピリピの町で伝道をしたときに、占いの霊につかれた女性が
救われて占いが出来なくなりました。そこで女性の占いで収入
を得ていた親方が怒り、パウロたちを悪しざまに言って訴えた
ので官憲の手で捕らえられ獄に入れられてしまいました。
しかし、パウロたちはこれぐらいのことで挫ける人ではあり
ません。獄中で「神に祈り、さんびを歌いつづけていた」ので
す。祈るところに、また讃美をするところに神は臨在されるの
です。そして臨在のあるところに慰めがあり、希望が与えられ、
平安が与えられるのです。それを聞いた囚人たちに変化が起こ
りました。それは、この後に大地震が起こり獄の扉が全部開い
たときに、だれひとり逃げ出す者もありませんでした。
テサロニケ人への第一の手紙5章16節に『いつも喜んでいな
さい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさ
い』とありますが、どんなときでも祈れる人はさいわいです。
また、いつでも讃美できる人はさいわいです。主は祈る人、讃
美する人と共にいてくださるからです。ですから、どんなに苦
しいときでも、辛いことがあったときでも、祈り、讃美をする
なら、神はその人と共にいて逆境からでも救い出してくださる
からです。
旧約聖書の歴代誌下20章にヨシャパテ王の信仰が書かれてい
ます。彼の国にモアブ、アンモン、メウニの連合軍が攻めてき
たとき、ヨシャパテ王は百十六万の軍隊を持っていましたが、
それをあてにしないで神に目をつけて信頼したのです。『そこ
でヨシャパテは恐れ、主に顔を向けて助けを求めて、ユダ全国
に断食をふれさせた。それでユダはこぞって集まり、主の助け
を求めた』のです。
またヨシャパテの祈りの言葉があります。『われわれは、こ
のように攻めてくる大軍に当たる力がなく、またいかになすべ
きかを知りません。ただ、あなたを仰ぎ臨むのみです』と神を
見上げて祈っています。そして21節に『主に感謝せよ。その
いつくしみはとこしえに絶えることがない』と讃美をしたとき、
主は伏兵を設けて連合軍に勝利をしたのです。柘植不知人先生
は『感謝と讃美は信者の両翼だ』と言われましたが、まさしく
このことを言っているのです。
今から23年ほど前の1991年(平成元年)にフィリピン
のマニラで「世界伝道会議」が開かれました。世界の94カ国
から五千人の牧師、宣教師が集まり、12日間の会議でしたが、
なにか世界に大きな変革が起こるような気がする会議でした。
事実、その年の秋に東ヨーロッパの共産圏諸国が崩壊していき
ました。最初はルーマニアが崩壊しチャウシェスクが殺され、
ドミノ倒しのように崩壊していったのです。そして翌年
(1990年)には東ドイツの共産党支配も崩壊し東西ドイツ
が統一されたのです。そして極めつけは1991年(平成3年)
にソ連の共産党支配も終わりを告げ、ロシヤとないました。
あの「世界伝道会議」のときに、まだソ連から50名の牧師
たちがステージに上がって、大きな声で讃美をしているのには
大きな感動を受けました。また、中国から来た牧師の証しも会
衆に大きな感動を与えました。中国には公認教会と非公認の教
会がありまして公認教会は政府の監督下にあり、非政府的な発
言が制限されるところがあります。それに対して非公認の教会
は地下の潜った教会で「家の教会」と言われています。事実、
この「家の教会」の方が熱心で、その信者の数も多いと聞きま
す。
その牧師が捕らえられて刑務所に収監されましたが、聖書も
賛美歌も取り上げられたそうです。でも取り上げられても頭の
記憶までも消すことができず、獄中で次々とみ言葉を思い出し
て慰めを得ていたので獄中生活もそれほど辛いものとは思えな
かったそうです。
しかし、大変だったのは便所掃除だったそうです。胸まであ
るゴムの長靴を履いて便槽の中に入ってかき出す作業は臭くて
たまらなかったそうです。そんなとき、いつも大きな声で賛美
歌をうたって作業をしたそうです。つまり讃美歌に慰めを受け
て獄中生活を耐えることが出来たのです。ヤコブ5章13節『あ
なたがたの中に、苦しんでいる者があるか、その人は祈るがよ
い。喜んでいる者があるか。その人はさんびするがよい』。
ギリシャ神話に「サイレン島」という話があります。エーゲ
海の小島で航行の難所といわれ、たくさんの船が座礁したり難
破をしたのです。それはその島から聞こえる美しい声に沖を航
行する船員たちが惹かれ、知らず知らずに島に近よっていった
からです。ところが一艘の船は無事通過することができたので
す。船長は船員全員の耳に蠟で耳栓をして、大きな声で歌を歌
いながら航行したからです。そのためサイレン島の誘惑の声に
勝ったのです。
(Sep,02,2012)
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