再 臨 を 待 つ 心 構 え
『だから、目をさましていなさい、その日その時が、あなたがた
にはわからないからである』。 (マタイ福音書25章13節)
この度、山手教会に新しくステンドグラスが与えられました。
そして、そのテーマは「よろこびの日」(キリストの再臨の日)
でしたので、先週は「再臨」について話ました。そこで今回は
「再臨を待つ心構え」について話します。
昔からキリストの再臨の日についてあれこれ言われてきました
が、気になるのはその日です。あるキリスト教系の宗教団体は、
「何年何月何日に再臨があると設定しましたが、その通りに実現
しませんでしたので、「神がひとりでも多くの人が救われるよう
に、時を与えられた」と説明をして、新しく再臨の日を設定しま
したが、そのときも空振りに終わりました。そんなことが何回か
あり誰も信用をしなくなりました。
マタイ福音書24章36節にこんな言葉があります。『その日、
その時は、誰も知らない。天の御使たちも、また子(キリスト)
も知らない、ただ父(神)だけが知っておられる』とあります。
つまり再臨は神だけが知る秘儀なのです。そしてイエスも知ら
ないと言っておられるのに、どうして彼らはそれを知ることが
できるのでしょうか。
同じ24章の42節に『だから目をさましていなさい。いつの日
にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたにはわからない
からである』とあります。また44節にも『だからあなたがたも
用意をしていなさい。思いがけないときに人の子が来るからで
ある。とあります。とにかく、いつ再臨があっても潔く(いさぎ
よく)神の前に立つことができるように神を信じて潔い生活を
していることが大事なのです。
そこで今日は25章から「再臨を待つ心構え」を話します。一つ
は十人の乙女の譬え話から「油断をしない」ようにしていること
を学びます。この譬え話は、友達の婚礼に招かれた十人の乙女た
ちが各々明かりを手にして出席しました。それは当時はまだ照明
施設もありませんので、各自が明かりを用意をしたのです。たく
さんの明かりが集まったら婚礼の席はきっと明るくなり盛り上が
ったに違いありません。
ところが花婿の到来が遅れたので乙女たちは居眠りをしていま
した。そして花婿の到来が告げられて迎えようとしましたが、油
が消えかかっていました。そこで五人の乙女は別に用意をしてい
たスペアの油を注いで花婿を迎えましたが、別の五人の乙女はそ
れがありませんでしたので、町に買いに行ってる間に婚礼がはじ
まり入れてもらえなかったというのです。
そしてみ言葉は『だから、目をさましていなさい。その日その
時が、あなたがたにはわからないからである』とこの譬え話を閉
じています。ですからわたしたちも、いつ再臨があっても主を迎
えられるように、油断をしないで信仰の油を灯し続けることが大
切です。この油は聖霊の油です。つまりいつも御霊に満たされて
いることが大切なのです。
もう一つの譬え話は「忠実にしている」ことです。話の内容は、
主人が三人の家令にそれぞれ5タラント、2タラント、1タラン
トを預けて旅に出ました。その間、家令たちは主人から預けられ
たタラントを元手にして商売をしました。そして主人が帰ってき
たときに、5タラントを預けられた家令は儲けた5タラントを差
し出したので、主人から「良い忠実なしもべ、よくやった」と褒
められました。また2タラントを預かった人も儲けた2タラントを
返しましたので、同じように褒められました。ところが1タラント
を預かったひとは、預かった1タラントをそのまま返しましたので、
「怠惰なしもべ」と叱られたというのです。そして主人は『それな
ら、わたしの金を銀行に預けておくべきだった。そうしたら、利子
と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに』と行って、持っ
ていた1タラントをも取り上げられた、というのです。彼は小なる
事に忠実でなかったからです。
この主人が5タラント、2タラント、1タラントを預けたのは不公
平ではないか、と思われるかもしれませんが、これは決して不公平
ではありません。むしろ神の愛から出た配慮なのです。なぜなら、
もし1タラントの人に5タラントを預けたら、その人はそのプレッ
シャーに押しつぶされてだめになっていたかもしれません。つまり
主人はその人の器量に応じて扱われたのです。これは神の愛のお取
り扱いだったのです。
ここで大切なことは、わたしたちは与えられた分に応じて忠実
であればいいのです。ルカ福音書16章10節には『小事に忠実な人は、
大事にも忠実である』とあります。わたしたちは兎角大きな仕事を
任されると意気込んでしまいますが、小さい事だと不貞腐れて真剣
にもなりません。これでは不忠実です。本当に忠実な人は大きな事も
小さな事も忠実にする人です。そして、この忠実さはガラテヤ書5章
22節に『御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、
自制…』とあるように、御霊に満たされるときに神から与えられる実
です。わたしたちも御霊に満たされて忠実なものとされたいものです。
(Dec,09,2012)
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