本文へスキップ

message

2019年4月7日


受難週の木曜日の出来事

 

彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸が閉められた。そのあとで、ほかのおとめたちもきて、「ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください」と言った。しかし彼は答えて、「はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない」と言った。だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである』。(マタイ福音書2510節~)

 

 

 先週はイエスがお語りになった終末の預言について話しましたが、その後、それを待ち望むための心掛けを話されました。それが、婚礼で花婿を待つ十人の乙女たちの話です。この当時、婚礼は夜行われ、招かれた者は各自が灯りを用意して参列する習慣でした。それは今日のような証明設備が無い時代でしたので、参列者が各自灯りを用意して参列することになっていたからです。でも、大勢の人が灯りを持ち寄ったらきっと相当な明るさになったことと想像できます。

 

 ところが、この日はなにかの事情で花婿の到着が遅くなりましたので、各自が用意していたので、それを注いで事なきを得ましたが、ほかの五人の乙女は余分な油を用意していなかったので、町に買い出しに行っている間に花婿が到着して婚礼がはじまってしまいました。

ですから、五人の乙女たちが油を買って駆けつけたときは、戸が閉じられて中に入ることができなかったのです。

 

 この譬え話で、いつイエスが再臨されるかもわからないので、油を絶って油断しないようにと警告されたのです。「だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである」と、話を結んでおられます。

 

 次に、受難週の木曜日、つまりイエスが十字架にお掛かりになる前日、イエスと十人の弟子たちが、エルサレムのとある家(マルコの母の家ではないかと言われています)の二階座敷で、パンをさいて、最後の食事をしました。これを「最後の晩餐」として、レオナルド・ダヴィンチの書いた絵画が有名です。そしてこれが今日わたしたちがしている聖餐式のひな形となっています。(2620節)

 

 その後、イエスは弟子たちを連れてゲッセマネの園に行かれました。これは十字架に掛かられる前の最後の祈りの時だったのです。このときイエスは、「わが父よ、もしできることでしたら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と祈っています。

 

 またペテロたちに対しては、あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目を覚ましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱していても、肉体は弱いのである」と語っています。

 

 このときのことをルカ福音書では「その汗が血のしたたりのように地に落ちた」(2244節)とありますが、人間、極限まで苦しむと血の汗が流れると言われています。イエスの苦痛も人間として極限だったに違いありません。

 

 その後、イエスの弟子であったイスカリオテのユダが、祭司長の手の者を連れて来てイエスを彼らの手に渡したのです。つまり、ユダの裏切りでした。彼らはイエスを大祭司の邸宅に連行しました。そのとき、イエスの弟子ペテロがイエスの後に着いてカヤパの庭に潜入しました。事に結果を見届けようとしたのです。

 

 すると、ひとりの女性がペテロを見つけ、「この人もイエスと一緒にいました」と言ったとき、ペテロは「わたしはその人を知らない」と、関係を打ち消しました。するとまた、ほかの人がペテロを見て、「あなたもあの仲間のひとりだ」と言われましたが、ペテロはそれを打ち消したのです。そんなことが三度あったとき、鶏が鳴いたのです。そのとき、イエスがかねてペテロに、「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言う」と言われた事を思い出し、外へ出て激しく泣いたとあります。

 

 これが人間の弱さです。どんなに強く誓っていても、いざ、自分の身に危険が近づいてきたとき、簡単に裏切ってしまうものです。だからヤコブ書12節に「何はともあれ誓いをしてはならない」とあります。なぜなら、誓ったことはどんな犠牲を払ってでも果たさなければならないからです。(2019.4.7