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礼拝生活を大切に
坊向輝國
「まず神の国と神の義とを求めなさい」
(マタイ福音書6章33節)
わたしたちがクリスチャンとして生活をおくるために大切なことは、神を第一とする生活を送ることです。そして、そのいちばん具体的なあらわれは礼拝生活です。そのような者を神は豊かな祝福をもって望んでくださいます。
アブラハムの生活から見ていきましょう。創世記12章のところで、神から、「わたしの示すところに行け。そこであなたがたを祝福しよう」とみ声を聞いたとき、彼は神の声に従いました。そしてカナンの地にきたとき、彼がまず最初にしたことは、石で祭壇を築いて神を礼拝したのです。そして彼らは遊牧民ですから、いい草のあるところ、水のあるところに転々と移動しましたが、定住をしてテントを張ったところには、祭壇を築いて神を礼拝したのです。これがアブラハムが祝福を受けた原因だったのです。
わたしたちも神第一の礼拝生活を送るなら、神はわたしたちを祝福してくださいます。アメリカの開拓時代にピューリタン(清教徒)の人たちが、信仰の自由を求めてイギリスからアメリカの新大陸にやって来ました。彼らは長い困難な航海の後、ようやく新大陸に上陸したときに、まず最初にしたことは、上陸したその海岸に十字架を建てて神を礼拝しました。航海の安全を感謝すると同時に、これからの開拓のために祈りました。これがアメリカの発展の基となったのです。
また、同じアメリカ開拓時代にこんな話があります。ヨーロッパから新大陸に移住してきた開拓者たちは東部海岸に上陸しましたが、東部は既に開拓が進められて余地が少なくなりましたので、政府は西部の開拓を勧めました。そこで西部に向かう幌馬車隊が毎日毎日、西部に向かって出発していきました。
その中にクリスチャンの幌馬車隊の一行がいました。ところが彼らは日曜日は動かず、礼拝を守ったのです。側を後から来た幌馬車隊が追い抜いていきますが、彼らは礼拝を守り安息をしたのです。そして長い旅の末にひとりの病人も出さず、みな元気に西部に着いて、その翌日から与えられた土地を開拓することができました。
先を急いで、追い抜いていった幌馬車隊のなかには病人が出たり、途中で原住民に襲われたりして、まともに到着した幌馬車隊は少なかったようです。
次に、礼拝生活は日曜日、教会だけではありません。皆さんの家庭でも礼拝を守られるならば、神はその家庭を祝福してくださいます。
こんな話があります。しばらく礼拝を休んでおられる家庭を訪問したときのことです。応接間のソファに座るやいなや、その家の奥さんが、「先週は親戚の法事があったので、またその前は子どもの学校の行事があって」と、礼拝に行けなかったわけを言い訳していましたが、一通り終わったので、「では奥さん、聖書を読んでお祈りしましょう」と言うと、奥さん、家の奥に聖書をとりに行かれました。ところがなかなか出てこないのです。だいぶあちこち探していた様子ですが、「ありました」と言って聖書をパンパンと手でたたいて出てきました。長い間、聖書を開いていなかったのか埃がたまっていたのです。
そこで、聖書を開いて、お祈りをして、二人で讃美歌を歌いだしたら、庭の犬が突然、けたたましく啼きだしたのです。すると二階から小学校5年生の男の子が下りてきて、窓を開けて、「おい、そんなに吠えるなよ。今日は夫婦喧嘩じゃないのだから」と言ったのです。暫く礼拝生活を休んでいたから、夫婦喧嘩が絶えなかったようです。
どうぞ皆さんの家庭でも礼拝を守ってください。神様はその家庭の中にも臨在して、祝福してくださいます。
話がかわりますが、昔、長野県飯田市の竜丘キリスト伝道館に高橋三津平という先生がいましたが、この先生は信徒訓練にはとても厳しく教育されたそうです。特に礼拝を守る姿勢に対しては。そこで、そこの教会の信徒の人は、東京に出張していても、日曜日には自分の教会に帰って礼拝を守り、礼拝が終わったらまた東京に出掛けたそうです。東京にもたくさん教会があるのにと思いますが。
また、わたしが働いていた教会にもそんな人がいました。彼は長野市と東京に二つの印刷工場の社長をしていましたが、長野と東京を行ったり来たりして仕事をしていました。そして東京で仕事をしていても、土曜日には長野に帰って教会で礼拝を守り、午後から、また東京の工場に行っていました。そのようにし自分の教会での礼拝を大切にしておられました。そんな状態でしたから会社は大変祝福されていました。小学館の大辞泉を制作するほどの大きな印刷会社となりました。
どうそみなさんも神第一、礼拝第一の生活をしてください。神は皆さんの人生を豊かに祝福してくださいます。
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