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2026年3月15日礼拝説教要旨

聖書箇所 ヨハネ福音書7章25節~31節 
         

「素性に込められた御心」


あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、」
(Ⅰヨハネ書4章2節)

「あなたがたの中に、苦しんでいる者があるか。その人は、祈るがよい。喜んでいる者があるか。その人は、さんびするがよい。あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。 信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。」
(ヤコブ書5章13~15節)

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」            
(伝道の書3章11節)


エルサレムの都の人々は、エルサレム神殿の「ソロモンの廊」で教えておられる主イエス様を見ながら、「この人は人々が殺そうと思っている者ではないか。 見よ、彼は公然と語っているのに、人々はこれに対して何も言わない。役人たちは、この人がキリストであることを、ほんとうに知っているのではなかろうか。」(ヨハネ福音書7章25,26節)と言いましたが、内心は「そんなはず、ないよね。だって…」という意味で言っています。何故なら、当時、ユダヤ民族を救うキリストは「突然、現れる」と考えられていたからです。

時のユダヤの国のヘロデ大王が当時の聖書学者を集めて「キリストはどこに生まれるのか?」と尋ねた時、学者たちは「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、『ユダの地、ベツレヘムよ、・・・おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となる…」(マタイ福音書2章5、6節)と答えました。これは「ミカ書5章2節」の預言ですが、新しい王様が現れることを一番に恐れていたヘロデ大王でも、「ユダヤ人の王キリストが、どこに生まれるか」を知らなかったのでした。何故なら、みんな「キリストは、突然現れる」と考えていたからです。それで人々は「われわれはこの人がどこの出身か知っている。もし本当の救い主なら、突然現れるはずだから、こんなことはないはずだ。」(ヨハネ福音書7章27節[現代訳])と言ったのでした。

これに対して、主イエス様は大事な事を伝えるため「叫んで」、2つのことを宣言されました。第一は、「あなたがたは、わたしを知っており、また、わたしがどこからきたかも知っている」(7章28節の前半)とハッキリと言われました。つまり、「私は、皆さんの知る通りガリラヤの田舎の寒村ナザレで育ち、大工の父ヨセフと母マリヤに育てられた者です」とハッキリ認められたのでした。それは、御自分が「人間としてこの世に生まれ、人間として育った」「神であり人となった」キリストであることを「絶対に隠してはならない」と考えておられたからでしょう。

世間で広まっていた「本当の救い主なら、突然現れる」ということなら、キリストは「人間かどうかも分からない存在」なので、半年後の過越の祭の時に「世の罪を取り除く神の小羊」(1章29節)として、ゴルゴダの丘の十字架の上で尊い血潮を流される「真の人間」とはなれません。主は全ての人の身代わりとなり、十字架の上で「真の人間」として尊い血潮を流して下さいました。その「血潮(御宝血)」により、私達は誰でも一切の罪・咎・汚れを赦され、永遠の命を頂きました (Ⅰヨハネ書1章7節)。また同書には「イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり」(4章2節)とあります。ですから主は、あえてナザレ村で育った「御自分の素性」をハッキリと認めて大声をあげ「叫んで」明らかにされたのです。

一方で「そんなナザレの寒村の出身のイエスに何が出来るか」と思う人も多くいたと思います。そのような人々に対して、主は、第二に「わたしは自分からきたのではない。わたしをつかわされたかた(父なる神様)のもとからきた者で、そのかたがわたしをつかわされたのである」(7章28節後半~29節)と叫ばれました。それまでに、多くのしるし(病の癒しや数々の奇跡)を行っておられたからでした。

神様から癒しの賜物を頂かれた柘植先生が、渡部正雄・すず御夫妻のために神癒の祈りをされて御夫妻の病が完全に癒された時、御夫妻は柘植先生が「神様から遣わされた神の人」と信じて自分たちの最も大きな資産である自宅を全て捧げてくださり、「活水の群」の本部建物が東京の落合に出来ました。当時のエルサレムの町にいた「群衆の中の多くの者」も、それまでに主イエス様がなさった「多くのしるし」を見て、この人は「神様から遣わされた御方ではないか」と思っていました。それで主イエス様は、大声て叫んで「わたしは自分からきたのではない。わたしをつかわされたかたのもとからきた者(わたしは、父なる神様から遣わされ救い主キリストだ)」と宣言されたのでした。

この「わたしはキリストだ」という「キリスト宣言」を歓迎した「多くの者」がいる一方で、「とんでもないことを言う奴だ。捕まえて殺そう。」と考える人々もいました。しかし、「イエスの時がまだきていなかった」(7章30節の後半)ので、誰も主を捕まえることは出来ませんでした。全てのことは、「時が満ちて事が行われる」からです。ですから「信じることは、(神の時を)待つこと」です。今日もその実例を一つお話します。

 山手教会で戦前に久正先生から祈りの訓練を受け、深谷西島教会に遣わされた奥田さかゑ先生は、夫の幸三先生が召天された後、寂れた小さな教会の責任を取らなければなりませんでした。教会を支える信者は3名。土地は借地、何とか日曜礼拝が捧げられていました。そんな中、さかゑ先生は「深谷西島教会の灯火を消してはならない」と数名の信者さんと共に「教会存続」「後継牧師招聘」のためにひたすら祈り続けられましたが、1997年に熱中症で倒れられ、一命は取り留めたもののお子さんの所に移られ治療を受けられました。

 それ以来、教会は無牧・無人状態となり、各方面では「教会を閉鎖したい」との声があり、ご家族も借地を更地にして地主さんに返すべきだと言われ、「風前の灯火」が深谷西島教会の姿でした。しかし、「70数年続いた深谷西島教会の灯火を消さないでください」「後継牧師を与えてください」というさかゑ先生の一途な祈りは一つ一つ答えられました。一年半ほど経った1999年には竹内一家4人が閉鎖した教会に着任。2021年には借地120坪が買い取られて教会の所有となり、2002年に新教会堂兼牧師館が献堂され、2005年にさかゑ先生が召されて告別式の行われた朝、借地買取り新会堂兼牧師館建築の費用約5300万円余りの「全ての必要」が満たされました。さかゑ先生は、教会存続、再建の基盤作りの全ての業が完了した「その朝」に天に帰られました。

孤独と寂しさに打ち勝ち、主なる神様を信じてひたすら教会存続再建を祈られた3年3か月のさかゑ先生の祈りは、「神の時」に成就しました。皆さん。主を信じて祈り続けましょう。「神の時」にそれは成就します。「信じることは、(神の時を)待つこと」です。

              2026年3月15日() 聖日礼拝説教要旨 竹内紹一郎