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2026年3月29日礼拝説教要旨

聖書箇所 Ⅰテモテ書1章13~16節                   


 「間違いを赦し、罪人を救ってくださる主イエス様」   

「わたしは以前には、神をそしる者、迫害する者、不遜な者であった。しかしわたしは、これらの事を、信仰がなかったとき、無知なためにしたのだから、あわれみをこうむったのである。・・・『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった』という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。」 (Ⅰテモテ書1章13~16節) 


山手クワイアが賛美された「驚くばかりの」は、日本では本田美奈子さんの歌として有名です。

一方アメリカでは、「アメージング・グレース」は国歌の「星条旗」に次いで「第二の国歌」とも言われる程です。酒におぼれた人生から救い出され、第43代アメリカ大統領になったジョージ・W・ブッシュも「私は信仰がなければ禁酒できなかっただろう。酒のせいで閉じていた目をあけるのを神が手伝ってくれたのだと信じている。だから、好きな讃美歌『アメージング・グレース』の歌詞には、とりわけ親近感をおぼえる。」と言いました。勿論、「アメージング・グレース」の作詞者ジョン・ニュートン牧師は、もっと酷いところから神様に救い出された人物でした。

ニュートンは1725年に貿易船の船長の息子としてロンドンで生まれました。母親は熱心なクリスチャンでしたがニュートンが7歳になる前に病気で亡くなりました。その後、ニュートンは11歳で、父親と共に船に乗るようになり、さまざまな処を経て悪名高い「奴隷貿易」に携わりました。

しかし、ニュートンが22歳の時に転機が訪れました。彼は、1748年1月にアフリカからイギリスへ向けて1100km以上の航路を何ヶ月も船の上で過ごす長旅をしました。この頃のニュートンは、全く神を信じず、神を信じる周りの者たちをあざ笑い、からかい、神への冒涜を繰り返していました。幼い頃には、母親からキリストの教えを受けていたニュートンでしたが、長い間、海の上で荒んだ船員生活を続け、しかも「奴隷貿易」船に乗って、アフリカの人々を家畜以下の「物」として取り扱う仕事をし、荒んだ毎日を送っていたのです。

ニュートンが、この航海で読み始めたのがトマス・ア・ケンピス著「キリストに倣いて」の書き直し本でした。彼は、その内容に次第に興味を持ちましたが、「神なんているわけがない。いないに決まっている。でも、もしこの本に書いてあることが本当だとしたら?どうだろうか・・・」と彼の中にわきあがってくる「心の声」に、慌てて耳を塞ぎ、仲間との他愛のない笑い話に戻ったのでした。

しかし5月10日、アフリカの港を出港して約4か月経った大西洋上で激しい嵐に襲われました。突然の激しい揺れと船室へ流れ込んでくる海水に驚いてニュートンは目を覚ましました。「船が沈むぞ!」と誰かが叫びました。船体は激しく損傷し強風に舵はきかず、船員が海水を汲み出しても、汲み出しても流れ込み、「沈没は時間の問題か」と思われました。ニュートンは9時間以上排水作業を続け、疲れ切って半ばあきらめた時、船長から舵を任されました。彼は、荒れ狂う海原を前に舵輪を握りしめながら、母親の死、父親との航海、ガールフレンドとの出会い、そして母の教えを忘れ、父の期待を裏切り、軍役から逃げ出したこと、更に神を愚弄し、あざ笑っていた自分の今までの生涯を思い出していました。

まさに沈もうとしている船の上で、彼は「自分たちが助かるとすれば、もはや神の奇跡以外にはありえない。しかし僕のように罪深い人間を、神様はきっと許してはくれないだろう」と絶望的な思いを抱いていました。でも、神様は彼を見捨てませんでした。

今まで真っ黒い雲に覆われていたのに、その雲間から一筋の光が差し込んで船を明るく照らした時、彼は「ああ、助かった。僕はまだ生きている。今まで数々の悪さ、罪、汚れた不徳を繰り返してきたこの僕が生きている。これが神様の救いというものか?神様は、こんな罪深い僕を助けてくれたというのか?」

そう思っている内に、船が陸地ではなく沖へ沖へと流されていると気付きました。また先の嵐の中でほとんどの食べ物と水を失ったことが分かり、船の上で「飢え死にする」しかないと知りました。2週間流され、食べ物もなくなり「もうだめだ」と諦めた時でした。突然風向きが変わり、船は静かに陸の方へ流されアイルランドのスウィリー湾にたどり着いたのでした。

このように、「奇跡」を2度に亘り目の当たりにしたニュートンは、心の底から「私には分かる。祈りを聞き届けてくださる神は存在すると。私はもはや以前のような不信仰な者ではない。私はこれまでの、神様への不敬を断ち切ることを心から誓う。私は神様の慈悲に触れ、今までの自分の愚かな行動を心から反省している。私は生まれ変わったのだ。」とつぶやきました。

 この時から、ニュートンは、彼を愛しておられる真の神様を信じ、後に聖書の学びをして牧師となり数々の讃美歌を作詞しました。「アメージング・グレース」はその中の一曲で「1.驚くばかりの恵みなりき この身の汚れを 知れるわれに 2.恵みはわが身の恐れを消し 任する心を起させたり 3.危険をもわなをも避け得たるは 恵みの御業と言うほかなし 4.御国に着く朝いよよ高く 恵みの御神をたたえまつらん」と歌われています。

 人は誰でも間違います。悪い方向に流され多くの痛みを経験します。でも愛と憐みに富んでおられる神様は「驚くばかりの恵み」をもって私達を取り扱い、御自分の許に引き寄せ救ってくださいます。

 今日の聖書箇所の「テモテへの第一の手紙」を書いたパウロも、当時のキリスト教会を迫害して襲い、痛めつけ、人々を死に至らせる「恐ろしい人物」でした。ところが、ダマスコにある教会の人々を迫害し牢屋に入れようとして町に近づいた時、突然、天からの強烈な光に照らされて地に倒れ込み、目が見えなくなりました。更に天から「サウロ、サウロ(パウロのユダヤ名)、なぜわたしを迫害するのか」という声を聞きました。パウロは驚き「あなたはどなたですか」と問いますと、その声は「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と答えられました。

この声の主、十字架刑で死に三日目に復活された主イエス・キリスト様との出会いで、パウロは、人々を苦しめ、痛めつけ、死に追いやった自分の「大きな間違い」を知り、心から悔い改めました。主イエス様は、そんなパウロを喜んで御自分の救いを伝える「選びの器」とされました。そのパウロが、「愚かで罪深い自分」を赦して下さり、救われた主イエス様を思いつつ記したのが今日の聖書箇所の「Ⅰテモテ書1章1章13節~16節」(冒頭の御言葉)です。

人は誰でも間違います。悪い方向に流され多くの痛みを経験します。でも神様は「驚くばかりの恵み」をもって私達を取り扱い、御自分の許に引き寄せて救われます。今も生きて働いておられ、私達一人一人を愛して最善に導こうとされている主イエス様を信じて下さい。きっと幸いな道が開かれます。

                        2026年3月29日(日)伝道礼拝説教要旨 竹内紹一郎