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聖書箇所 ヨハネ福音書7章37節~44節
「渇く者は、我に来たれ」
「あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ」
(イザヤ書12章3節)
「祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、『だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう』。」
(ヨハネ福音書7章37,38節)
主イエス様が、「仮庵の祭」で大切な神様の教えを語られていた時、パリサイ人たちがイエス様を逮捕するために来ました(ヨハネ福音書7章28~32節)。その時、主は「わたしをおつかわしになったかたのみもとに行く」(7章33節)と言われ、「あなたがたはわたしを捜すであろうが、見つけることはできない。そしてわたしのいる所に、あなたがたは来ることができない」(7章34節)と言われました。
「わたしのいる所」とは、天の御国の「わたしの父の家」(14章2節)のことですが、当時の人々にはその意味は隠されていて、「ユダヤ人たち」は勝手な推論をしました(7章35節)。そして、「こいつ(主イエス様)は、いったいどこへ行くつもりだろう。もしかしたら、ユダヤを出て、外地のユダヤ人や、あるいは、ひょっとして外国人に教えを伝えようとでも考えてるのかもしれないな」(7章35節[リビングバイブル])と思いました。これは「たわいもない話」に聞こえますが、ユダヤ人たちのこの言葉は、後に一つ一つ成就しました。
キリスト教会の誕生、発展、海外伝道を記した「使徒行伝」では、使徒パウロ達によって、「ユダヤ人たち」が言うように、外国のユダヤ会堂で主イエス様の十字架と復活による「罪の赦しと永遠の命」の「福音」が宣べ伝えられましたが、ユダヤ人たちがそれを拒んだ時、「ギリシャ人」と呼ばれる外国人に「福音」が伝えられました。ですから「仮庵の祭」の時に、「ユダヤ人たち」はそのことを知らず知らずの内に「予告(預言)していた」のでした。
私たちが「神様の御心」を知るのは「聖書の御言葉」だけではないことを、この箇所(ヨハネ福音書7章35~36節)や他の箇所(11章49~52節)は明らかにしていて、御言葉以外から語られることがあります。代表例として⑴「第二の聖書」と言われる「自然界の営み」。主イエス様も、自然界の植物や空の鳥や天気等で「御心」を教えられ、バックストン先生も伝道旅行中に「この自然界は活ける神の聖書です。このすべての被造物は神の力と尊厳と愛を現しているのです。ですから私たちは黙示の聖書を読むとともに、この活ける聖書を通して教えられなければなりません」と柘植先生に言われました(『ペンテコステの前後』新版74頁)。⑵「摂理」⑶「恩師や先輩の助言」から神様からの語り掛けを聞くことが多くあります。⑷ユダヤ人指導者のような「反対者、敵対する人々の言葉」(7章35節)からも神様が語り掛けられます。
ただ、聖書の御言葉以外で語られたメッセージを、即「鵜呑み」にせず、聖書の教えに矛盾しないかを確かめ、違和感を覚えるなら聞き従う必要はありません。この判断のため「聖書の教えに親しむ」「聖書を正しく読む」、「毎週日曜日の礼拝で聖書の御言葉をしっかりいただく」ことです。礼拝こそ私達の信仰生涯の「要」「心臓」です。その礼拝の御言葉に導かれてこそ、祝福と守りがあります。
皆さんの中には「先生、そのお話は先月、聞きました。」と思う方もあると思いますが、聖書には「申命記(「繰り返し命じる」の意味)」があり「律法の教え」が繰り返されています。学校教育でも「予習」と「授業」、「授業」と「復習」のどちらかをしないと定期テスト前に苦労します。聖書の一つの書を連続して解き明かす「連続講解説教」では「復習」のために前回の要点を繰り返しています。毎週礼拝に来られない方にもメッセージの連続性を理解して頂けると思いますし、取り次いだメッセージの「後日談」もあります。実はメッセージ後、聖書の御言葉ではなく人々の言葉から、それも「耳の痛い言葉」から神様の語り掛けを聞きました。それは聖書の教えに適っていましたので、「人の言葉からも語られる神様」の言葉に従いましたら「恵み」と「守り」が与えられ感謝しました。
今日の聖書箇所には「仮庵の祭」の最終日の出来事が記されています。この「祭」は出エジプトのテント生活を再現する「祭」で、秋の「収穫感謝祭」でもあります。更にイスラエルの民が荒野で飲み水が無くなった時、神様がモーセに「あなたは岩を打ちなさい。水がそれから出て、民はそれを飲むことができる」(出エジプト記17章6節)と言われ、岩から水が出て人々を潤しました。
この出来事から「仮庵の祭」では、エルサレム神殿の南にありますシロアムの池に神殿の祭司と神殿聖歌隊が降りて行き、そこで水を汲みました。そしてイザヤ書の御言葉「あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ」(同書12章3節)を賛美しながら神殿に上って、犠牲の動物を焼いて捧げる「祭壇」の脇に水を注ぐ儀式が行われていました(この儀式は、当時の人々にとって当たり前で、この福音書には何の説明もありません)。
「仮庵の祭」は7日間でしたが、6日間はシロアムの池の水を汲み上げ、「祭壇」の回りを1度まわって水を注ぎました。7日目の「祭の終りの大事な日」には、祭司と神殿聖歌隊は「祭壇」の回りを7度回って水を注ぎ、この日から雨を求める祈りが始まりました(この後、雨が一滴も降らない「乾季」から豊かな水が与えられる「雨季」に移行する時期となります)。
その水を求める「祭の終りの大事な日」に、主イエス様は大声で「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書(イザヤ書12章3節、ゼカリヤ書14章8節、エゼキエル書47章1~12節)に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出る」(ヨハネ福音書7章37節)と言われました。それは「H₂Oの水」ではなく、私達の人生で経験する「渇き」を癒やす「水」、物の豊かさによっては満たすことが出来ない「心の渇き」「魂の渇き」を癒やす「生ける水」のことです。主は「だれでも(例外なく)かわく者(渇く人)」は、主イエス様のところに来て「飲む」(つまり「主イエス様を信じるなら」)「その腹(心の奥底)から」魂を潤す「生ける水」が川々(原文のギリシャ語では「複数形」)となって流れ出ると宣言されました。
ただこの時は、主が十字架に架かられ、三日目に甦られ、40日間弟子たちに現れた後、天に昇られる「半年前」でしたので、「生ける水」である「御霊(聖霊)」はまだ来ておられませんでした(7章39節)。
しかし、翌年の「ペンテコステの日」に聖霊が降られ、飢え渇いて救を求める人々の魂を潤されました。以来2千年間、「渇く人」の求めに従って聖霊は豊かに注がれてきました。柘植不知人先生、藤村壮七先生、坊向久正先生を潤し、多くの先生方と飢え渇く信徒の方々を聖霊は潤して来られました。
ここで大切なことは「だれでも渇いて主イエス様の許に来る者」は、必ず「いのちの水」に潤されます。しかし、渇かない人は潤されることはありません。渇いて主イエス様の許に来ましょう。その人は潤されます。
2026年4月26日(日) 聖日礼拝説教要旨 竹内紹一郎
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