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2026年7月12日礼拝説教要旨

            神の限りなき愛

   
坊 向 輝 國 


『父がわたしを愛されたように、私もあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい』。
(ヨハネ福音書15章9節)

 

 今日は神の絶大な愛についてお話をします。この世でいちばん大事なのは愛です。聖書のコリント前書13章13節にも、「このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」とあります。どんな人でも誰かに愛されていたい、また、誰かを愛しているという自覚をもっているとき、希望をもって力強く生きていくことができるのです。

 ヨーロッパのある国で、独り暮らしの老婆が自殺しました。この国は「揺り籠から墓場まで」と言われるほど福祉の行き届いた国で、老齢年金も充分に出て暮らしには不自由がないはずなのに、なぜ死に急いだか誰も理解ができませんでした。身寄りがない老人だったので、市の福祉課の人たちによってささやかな葬式が終わった後、やはり家を明け渡さなければならないので、福祉課の人たちが家の片付けをしていたとき、お婆さんの日記帳を見つけました。中を開いて見ると、どの頁もこくめいにその日にあったことが書かれていましたが、ある日付から、たった一行だけ「今日も誰も来なかった」とだけ書かれていました。その後の頁も同じように、「今日も誰も来てくれなかった」と、その自殺する最後の日まで同じでした。つまり、お婆さんは孤独を儚んで(はかなんで)自殺したことが分かりました。

 近所の人たちは、お婆さんは生活に困ってないと思っていたのです。もし、お婆さんが生活に困っていたら、近所の人は放っておかなかったと思います。お婆さんがいちばん欲しかったのは、お金ではなく人からの愛だったのです。それほど人間が幸せに生きていくためには、愛が必要なのです。ところが主は、「わたしの愛の中にいなさい」と言われました。神はあなたがたを愛しておられます。ですから、主を信じ、主の愛に強められて、力強く生きていきたいものです。

 では、神の愛はどんな愛でしょうか。エレミヤ書31章3節に「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、私は絶えずあなたに、真実をつくしてきた」とあります。つまり、神の愛は限りなき愛(いつまでも変わらない愛)です。人間の愛は、事情や場合によっては変わることがありますが、神の愛は不変の愛で、ひとたび愛すると言われたら、どこまでも愛し貫いてくださる不変の愛です。

 ある町にとても仲がいい夫婦がいました。いつも二人が連れ立って歩いているので、町の人々は「おしどり夫婦」と呼んで、わたしたちも年をとったら、あんな夫婦になりたいと言われるほどでした。ところが、お婆さんが病気になって寝込んでしまいました。それを知った町の人たちから、きっとお爺さんは、お婆さんの枕辺に座って看病をしているに違いないと噂をしていました。

 ところが、現実は反対でした。お婆さんが寂しいので、「お爺さん、こちらに来てくれ」と呼んでも、お爺さんは襖の向こうから、「婆さん、なにか用か」といって、ちっとも部屋に入ろうとしなかったのです。病気がうつるのが怖かったのです。それを知った町の人たちは驚いたそうです。

 旧約聖書のホセヤ書6章4節に、「あなたがたの愛はあしたの雲のごとく、また、たちまち消える露のようなものである」とあります。確かに人間の愛はあてになりません。事情や場合によって変わってゆくのです。しかし、神の愛は不変です。ひとたび愛すると言われたら、どこまでも愛し続けてくださるのです。わたしたちが神に背いても見捨てることなく愛し続けてくださるのです。

 ある日、教会の女子青年が一人の若い女性を教会に連れてきて、「先生、この人を救ってください」と言ったのです。そこで話を聞くと、婚約者がいて、結婚式の一カ月前のある日、彼女の家で披露宴の相談をしました。そして夜になりましたので、国道のバス停まで送って帰る途中、ダンプカーに撥ねられて重傷を負ったのです。それを知って病院にいちばん先に駆けつけたのは、言うまでもなく結婚相手でした。ところが頭の先から足の先まで包帯でまかれ、まるでミイラのようになっている彼女の姿を見て、なにも言わないで帰ってしまいました。それ以来、男性は病院に来てくれませんでした。

 一カ月ほどして仲人さんが来て、「先方さんは、このご縁は無かったことにしてくれと言っている」と伝えたのです。「どうしてですか」と聞くと、「あなたの頬に傷があるから」と冷たく言って帰っていきました。その日は、結婚式の予定の日だったのです。そこで、神の不変の愛の話をして、人間は裏切ることがあっても、神は決して裏切らないから、神を信じて生きてゆくようにと話して信仰に導きました。その後、良いご縁に導かれて幸せな結婚をされました。