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2010.8.8
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ペテロの平安な眠りは

 

『こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために

 熱心な祈りが神にささげられた』。      (使徒行伝125節)

 

 

 このところで今日は、ペテロの『平安』についてお話をします。

ヘロデ王はイエスの弟子であるゼベダイの子ヤコブをつるぎで切り

殺したのです。ところが日頃からヘロデ王のことをよく思っていな

かったユダヤ人たちの歓心を得たので、気をよくしたヘロデ王は、

こんどはペテロを捕らえて血祭りにあげ、民衆のより歓心を得よう

としたのです。     

 

 そして、ペテロを捕らえて獄に入れ、二重の鎖で繋ぎとめ、四人

一組の兵卒四組で厳重に見張りをさせていたのです。ところが、

ペテロは、明日連れ出されて民衆の裁判を受けるかもしれない夜に、

平安に『眠っていた』のです。しかもその眠りは仮眠ではなく、

天の使に脇腹をつついで起こさなければ目が覚めないほどの熟睡

をしていたのです。これはペテロが『平安』であったからです。こ

の平安はどこからきたのでしょうか。

 

 5節に『教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられた』

とあります。ペテロは初代エルサレム教会の大切な指導者です。

そこで、「教会の一大事」とばかり、みんな教会に集まってペテロ

の救出のために必死に祈り出したのです。これがペテロが獄中にあ
って平安に守られた秘訣だったのです。

 

 わたしたちは、なにか心配事があると、なかなか夜もおちおち

眠られないことがあります。江戸時代の終わりの頃に江戸の町に

こんな狂歌がうたわれたのです。『太平の眠りを醒ます上捨煎、

たった四杯で夜もおちおち』。これはアメリカのペリー提督が

浦賀水道に入り江戸に近づいて、徳川幕府に開国を迫ってきたとき

のことです。徳川幕府は言うにおよばず、江戸の町民だけでなく、

それを聞きつけた日本人たちは戦々恐々となりました。そしてその

民衆の慌てふためいた様子を狂歌にうたったのです。

 

 「上捨煎」とは高級「玉露」の銘柄で、これを飲むと夜もろく

ろく眠られない、というのです。それと「蒸気船」を掛けて、黒船

の蒸気船が四隻も来たので、江戸の町民は夜もおちおち眠られなか

ったと表現をしたのです。うまく歌ったものです。

 

 詩篇3篇5節に『わたしは伏して眠り、また目をさます。主が

わたしを支えられるからです』と、ダビデ王が平安な魂の状態を

歌っています。この歌の背景は、ダビデ王が息子アブサロムに

背かれてクーデターを起こされたときです。そして今まで王の

側近であった多くの部下たちも、「彼(王)には神の助けがない」

と言ってアブサロムの側につき、彼の命は『風前の灯』となりま

した。そこでダビデ王は都落ちしてヨルダン川の東にまで逃げた

のですが、このような危機的な状態の中にも、ダビデが『わたし

は眠り、また目をさます』と安眠をすることが出来たのは、彼に

神を見上げる信仰があったからです。

 

 詩篇3篇3節『しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、わが栄え、

わたしの頭を、もたげてくださるかたです』とあります。つまり

ダビデはこのような逆境の中にも『しかし主よ』と、神に目をつけ

ることができたのです。これがダビデの平安の秘訣だったのです。

ですからわたしたちも、なにか困難な事、逆境の中に置かれるとき、

神に目をつけ、神を見上げて祈ることが大切です。祈りはわたした
ちの心に平安が与えられます。ですからなにか不安を覚えるとき、

心に悲しみがあるとき、神に目をつけて祈るならば、神はわたし

たちの心に安らぎを与えてくださるのです。

 

 ある町で伝道をしておられた先生は、戦時中は陸軍の工兵連隊

の連隊長をしておられました。そして戦後は牧師になって神様の

ために働いてこられましたが、この人は軍隊時代から熱心な

クリスチャンで多くの部下から尊敬を受けておられました。その

先生があるときこんな話をしておられます。

 

 工兵連隊と言っても鉄道を敷設するのが仕事でした。ところが

ある日、八路軍(毛沢東が率いる革命軍)に追われて小高い山に

逃げ込んだのです。そして八路軍が山の麓を包囲してしまいまし
た。工兵連隊は戦闘集団ではありませんので、兵隊の手にしてい
るのはシャベルかつるはしで、小銃は一個分隊に一丁か二丁で、
これでは戦争になりません。兵隊たちは明日の総攻撃を恐れて
陣地は混乱を
していました。

 

 ところが、山の頂上から大きなイビキが聞こえてきたのです。
「こ
んなときにイビキをかくとは不逞いなやつだ、どんな男か見て
こい」
と言われて見に行った兵隊が、「連隊長でした」と報告をし
たのです。
すると連隊長がこんなときにイビキをかくぐらいだった
ら、きっと
何か勝算があるに違いないと、兵隊たちの動揺は治まり
ました。連
隊長は勝算があったからイビキをかくほど平安に眠れた
のではなく、神に信頼した平安だったのです。

 

 あくる朝、いざ八路軍の総攻撃と身構えていたのに山の麓は

いやに静かなのです。よく見ると包囲していた八路軍は全員撤退

していました。あとで分かったことですが、日本軍の別動隊が

来たので挟み打ちになってはと、夜のうちに撤退していたのが

真相だったのです。『わたしはふして眠り、また目をさます。主

がわたしをささえられるからだ』       (Aug,8,2010)