本文へスキップ
2011.9.18
                                                      戻る

  



      


   神を畏れる者の繁栄

 

『正しい者はなつめやしの木のように栄え、レバノンの香柏の
ように育ちます。彼らは主の家に植えられ、われらの神の大庭
に栄えます。彼らは年老いてなお実を結び、いつも生気にみち、
青青として、主の正しいことを示すでしょう』。

  (詩篇9212-15節)

 

 

 今日は神を畏れる者に与えられる繁栄ということについて話
します。ここに『正しい者は』とありますが、これは道徳的に、
そしてまた倫理的に正しいというのではなく「神を畏れ敬う人」
という意味なのです。このように神を畏れ敬う人は「なつめやし
の木のように」とありますが、この「なつめやし」はイスラエル
の代表的な樹木です。そして成長が早く90フィート(約30メー
トル)ほどの高さにまで成長し、200年の寿命があると言われて
います。また、『レバノンの香柏のように育つ』とありますが、
これは力と永続性のシンボルとされているのです。

 

 また、『彼らは年老いてもなお実を結び、いつも生気に満ち、
青々として主の正しいことを示す』とありますが、神を畏れ敬う
人は歳をとっても実を結び、生気に満ち青々として神の証しのた
めに生きるのだと言っているのです。よく「歳をとったからもう
なにもできない、役にたたない」と言う人がありますが、神を畏
れ敬う人はいつも生気に満ちて生きていけるのです。それは人間
の力ではなく聖霊の力によるからです。

 

 コリント後書4章16節に『たとえわたしたちの外なる人(肉体)
は(年齢と共に)滅んでも、内なる人(霊的魂)は日ごとに新しく
されていく』とあります。ですから、歳をとったから駄目だ、もう
何も役に立たないということはないのです。

 

 今から四百年ほど前の、織田信長の時代には「人生50年」と言
われていました。ところが今は「人生80年」の時代です。わたし
のメモによると1987年(昭和62年)には百歳の高齢者が二千人
を超えたと報道されました。わたしたちは百歳も生きるなんて考
えられなかったので驚いてメモをしたのを覚えています。ところ
2002年(平成14年)には179百人と発表されたのです。
そして今年の9月の統計によると百歳以上の高齢者が47千人を
超えたと報道されました。これは実に驚くべき数字です。

 

 このような驚異的数字となった原因はどこにあるのでしょうか。
いろいろなことが言われるでしょうが、わたしなりに考えると、
三つのことが言えると思います。その一つは、食糧事情がよくな
り栄養状態が改善されたことが一つの原因ではないかと思います。
二つめは、医療が進歩したこともその原因ではないでしょうか。
今日は医療技術が進歩したために病気をしてもなかなか死なない
のです。これも人間の生命を大切にするという見地からもとても
素晴らしいことであります。そして三つめは、「年金時代」が大
きく影響をしていると考えられます。昔は年金制度がありません
でしたから、歳をとると残された財産を大切にして、まるで爪に
火をともすようにして生活をしていました。ところが今日は「年
金時代」で、使っても使っても二ヵ月毎に(額の多少はあっても)
年金が支給されますから、生きていく希望があります。これが高
齢者が長生きできる原因ではないでしょうか。

 

 医療費においても、以前は70歳を過ぎたら医療費は一切無料と
いう時代がありました。ところが今日は後期高齢者になりますと
医療費の負担率は1割で済みます。日本は世界でも優れた福祉国
家なのです。

 

 話は変わりますが、「信仰に生きている人は、世間一般の人よ
りも10歳は若く見える」とよく言われますが、これは信仰に生き
ている人にはいつも心に平安があるからです。また天国の約束を
持っているから先のことを心配しないからではありませんか。わ
たしたちも信仰をもって「青々として」また「生気に満ちて」、
若々しく歳を重ねたいものです。『彼らは年老いてもなお実を結
び、生気に満ち、青々として主の正しいことを示す』のです。

 

 旧約聖書には恵まれた高齢者が登場します。彼らはみな神のた
めに用いられて働いた人たちです。創世記257節には『アブラ
ハムの生きながらえた年は175年である。アブラハムは高齢に達
し、老人となり、年が満ちて息絶え、死んでその民に加えられた
』とあります。彼がハランにいたときに神のみ声を聞いて、神に
従う生涯に入ったときは75歳でした。それから100年間神に従い、
神と共に歩んだのです。これはアブラハムの信仰の力だったので
す。

 

 申命記347節に『モーセが死んだ時、120歳であったが、目
はかすまず、気力は衰えていなかった』とあります。これはモー
セの生涯です。そして彼が神の命令に従ってエジプトで奴隷だっ
たイスラエルの民を導きだしてカナンの地まで誘導したのはモー
セの80歳のときでした。アブラハムは75歳、モーセは80歳、こ
の力は彼らの信仰の力です。

 

 日本にも有名な日野原重明先生がおられます。先生は百歳を超
えても、今も現役の医師として働いておられます。この日野原先
生も敬虔なクリスチャンです。そして今も医療のほかに各地の講
演に招かれて人々に生きる勇気と希望を与えておられます。先生
のスケジュールは2年先まで詰まっていると聞いたことがありま
す。『年をとってもなお実を結び…』です。     

  (sep,18,2011