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2010.12.12
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完全な愛は恐れをとり除く

 

『愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。・・・かつ恐れる者には、
愛が全うされていないからである。わたしたちが愛し合うのは、神がまず
わたしを愛して下さったからである』。 (ヨハネの第一の手紙418)

 

 これまで二回にわたって『愛』ということについて話してきました。そして、
その第一は、神の愛です。つまり『神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を
愛して下さった』とヨハネによる福音書316節にありますように、神は人類を
愛し、人類の救いのために『子なる神、キリスト』をこの世に送ってくださった
のです。またヨハネの第一の手紙410節には『神がわたしたちを愛して下さっ
て、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになっ
た。ここに愛がある』とあります。クリスマスは神の愛がわたしたち人類に現さ
れた日なのです。

 

 第二はイエスの愛です。ヨハネの第一の手紙316節『主は、わたしたちの
ために(十字架にかかって)いのちを捨てて下さった。それによって、わたし
たちは愛ということを知った』とあります。これは子なる神キリスト・イエス
が十字架にかかってわたしたちの罪の贖いのために尊い命を捨ててくださいま
した。そしてその流された血潮によってわたしたちの罪が贖われたのです。こ
のイエスの十字架の死はわたしたちに対するイエスの愛です。

 

 そして『放蕩息子』の譬え話をとおして、悔い改めて立ち返る者を赦して迎
えてくださる神の愛について話ました。また前回は三浦綾子さんの『細川ガラ
シャ夫人』という小説から、明智光秀の愛をとおして、変わらない神の普遍的
愛を話ました。

 

 さて、今回は人間の愛について話ますが、この『愛』は自分の好きな人を愛
するといったようなエロス的な愛ではなく、御霊によって与えられる愛です。
人間の愛には限界があります。どんなに「愛している」と言っていても事情や
場合によって変わることがあります。これは人間のエロス的な愛だからです。

 

 あるおしどり夫婦がいました。近所でも評判の仲の良い夫婦で「わたしたち
も年をとったら、あの夫婦のようになりたいね」と人に言われるほどでした。
ところがお婆さんが病気になり床についたことを知った近所の人たちは、あん
なに仲の良い夫婦だからお爺さんが枕辺につきっきりで看病をしているに違い
ない、と噂をしていました。ところが事実はそうではなかったのです。お婆さ
んは寂しいものですから「お爺さん、ちょっと入ってきてくれ」と言っても、
「用があるなら言ってくれ」と襖越しに言って、決して病室に入って来なかっ
たのです。それは病気が感染するのを恐れたからです。しかし『愛には恐れが
ない』とあります。御霊による愛に満たされるなら恐れなく人を愛することが
できるのです。

 

 柘植不知人先生が救われたのは大正2(1913年)。神戸の湊川新開地にあ
る『湊川伝道館』でした。行方不明になった妹さんを捜して広島から出てこら
れ、新開地を歩いていたときに、湊川伝道館の天幕伝道に出会ったのが動機で
した。そして救われた先生は荒田町の借家を借りて毎日のように教会に通って
おられました。

 

 ところがある日、捜索願を出していた警察から「行方不明の妹さんが見つか
った」と知らせがあり、自分の家の二階へ引き取り看病をしました。そのとき
妹さんは結核の第三期で非常に悪い状態でしたが、柘植夫人は義妹の寝ている
二階に自分の布団を敷いて、文字通り『起居を共にし』『寝食を共にして』お
世話をしたのです。そして妹の食べ残したものをその妹の見ている前できれい
に食べたのです。それを妹はいつもじっと見ていたそうです。

 

 それを知った柘植先生は、「そんなことをして、もしお前に病気が感染した
らどうする。御霊の常識を弁えなさい」と忠告をしましたが、奥様は「そんな
ことを恐れていたのでは義妹の魂を救うことはできません」と答えたというの
です。これは柘植夫人の愛だったのです。『愛には恐れはない。完全な愛は恐
れをとり除く』というみ言葉のとおりだったのです。そして妹さんも、これま
で多くの人に騙されて誰も信じないような人でしたが、柘植夫人にだけは心を
開くようになりました。

 

 あるときはヒステリーを起こして激しく暴れるので、柘植先生が押さえつけ
ようとしても、その男の力でもはね除けて手が付けられないような状況になり
ましたとき、柘植夫人が一言、「もうお止めなさい」と優しく言うと、「はい」
と言っておとなしくなったというのです。それを見て先生は「愛の力の偉大な
ることを知らされた」と語っておられました。

 

 あるとき、車の中で宮城まりこさんの話をラジオで聞きました。彼女は歌手で
かなり活躍をしていた人でしたが、その自分の私財を投げ出して『ねむの木学園』
という施設を創設した人でした。その施設にひとりの少年が入所してきました。
そして日曜日毎に両親が面会に来てくれるのを楽しみにしていましたが、ある頃
からぱったりと来なくなりました。はじめはなにか都合があって来ないのではな
いかと思っていましたが、あまり来ないので職員が調べてみますと、その両親は
借金で追いたてられて車の中で排気ガス自殺をしていたことがわかりました。

 

 また少年は、あまりにも両親が面会に来ないので投げやりになって、施設の職員
も手がつけられないような状況になってしまいました。そして、あまりにも言う
ことを聞かないので、ある職員が腹たちまぎれに「いくら待ってもあんたの親は
来ないわよ」と言ってしまったのです。それで少年は、自分はもう親に捨てられ
たと思うようになり、ますます乱暴になってしまいました。

 

 そんなとき連休がつづき、両親が迎えにきた子供は自宅に帰っていきましたが、
迎えのない子供は家にも帰れなく数人の子供が居残りました。そして職員たちも
休みましたので、園長の宮城まり子さん一人がその子供たちの面倒をみていまし
た。そんなある日、昼になりましたので、「お昼はなにを食べたい」と子供に聞
きますと、彼らは「ラーメン」と答えましたので、厨房に入りラーメンを作って
あげようとしましたが、ラーメンはありませんでしたので、うどんの乾めんをゆ
がいてラーメン味のうどんをつくりました。ところが子供たちは「うどんラーメ
ン」と言って喜んで食べてくれたのです。

 

 その少年も喜んで食べてくれたのですが、よだれがどんぶりの中にポトポトと
落ちるのです。そして半分ぐらい食べたところで箸を置いたので、「もういいの」
と聞きますと、「うん」と答えたので宮城まり子さんは、「わたしが食べてもい
い」と聞きますと、また「うん」と答えましたので、その少年の見ている前で、
その少年のよだれが入ったうどんを食べたそうです。そしてスープの最後の一滴
まで飲み干したとき、じっと見ていた少年は宮城さんの腕を突ついて部屋から出
ていきました。それからは、ほかの職員の言うことを聞かなくても、宮城まり子
さんの言うことは素直に聞いてくれるようになりました。それは彼女が少年の残
ったスープを全部飲んだから、園長の愛を知ったからです。

 

 宮城まり子さんは、その後で「正直言って、少年のよだれの入ったスープは
決して美味しいとは思いませんでした。でも今これを飲まなければこの子の心
は救われないと思って我慢して飲みました」と言っていました。これは宮城ま
り子さんの愛でした。『愛には恐れがない』とありますが、彼女は正しく愛か
ら出た行動だったのです。

 

 ガラテヤ522節に『御霊の実は愛・・・』とありますが、御霊によって与え
られた愛こそ神の愛であり、完全な愛です。わたしたちも御霊に満たされて心
から人々を愛することのできる愛の人にされたいものです。『かつ恐れる者に
は、愛が全うされていないからである』あります。

                                   (Dec,12,2010)